【街角看板】不思議な逸話が残る地蔵尊

中野区に不思議な地蔵があったので紹介する。
「上鷺宮の願かけ地蔵尊」

ここにある左側の大きい方の地蔵尊は、正徳五年(一七一五)に建立され、「奉供養仏講中 上鷺宮村●主 篠氏敬白」と刻まれています。
念仏講とは、村の人が寄り合って念仏を唱えた信仰集団で、加入している信者を講中といいました。
右側の地蔵尊には「多摩郡上鷺宮村 篠丈右衛門」の文とともに、現世だけではなく、来世での幸せをも祈願した「二世安楽」の文字が刻まれています。
地蔵尊は中野区内の石仏の中でも最も多く、人びとはいろいろな願いごとを託して来ましたが、ここにある大小二体の地蔵尊には 次のような信仰の話が伝えられています。
――この地蔵に祈願する人は、白装束で真夜中に祈りながら右側の小さい地蔵を倒します。
すると大きい地蔵は、倒された地蔵を起こしてほしいために願いごとを聞き届けてくれるといわれ、願が叶ったら、自分の手で小さい地蔵を起しに行くというものです。
このような祈願のしかたは、昭和三十年頃まで続いていたそうです。
昭和五十八年三月/中野区教育委員会
(地蔵尊横の案内板より)
※●印は読み取れなかった文字。
東京23区内で見かける史跡
中野区を散策しているときに「上鷺宮の願かけ地蔵尊」を見つけた。
街中の質素なお地蔵さんとは違い、珍しく案内板があったので足を止めて逸話を読んでみた。
「倒された地蔵を起こしてほしいために願いごとを聞き届けてくれる」という律儀なお地蔵さんに感動したが、自己のために小さなお地蔵さんを倒さないといけないという点が引っかかった。
この民話を知らなければ、倒れたお地蔵さんを見かけたら気の毒になって直してしまいそうな気がする。
上鷺宮のお地蔵さんの伝承は、日本の民話に出てくる「願いをかなえてほしいために○○○をする」というパターンで、縁起物の「だるま」と似ている。

だるまは、新品だと両眼ともに黒目がなく、はじめに願い事を考えながら片目だけに黒目を入れる。
たとえば、商売をしている人なら「今年は利益が昨年の二倍になりますように」など。
そして「願いが叶ったら、もう片方の目に黒目を入れます」のように、だるまに祈願する。
すると、だまるは両目欲しさに願い事をかなえようと働いてくれるという信仰があり、願い事が見事にかなうと、だるまにもう片方の目が描かれて両目を得ることができるという。
先ほどのお地蔵さんと同じように、だるまも一生懸命なので気の毒な感じだが、この不思議な信仰は「願いをかけた分、本人も気合を入れて頑張れよ」という意味合いなのだろうか。
都市部は開発のスピードが早いので、古いものに対しては「時代にそぐわないからどかしてしまおうか」とかで、古いものはどんどん撤去されていると思っていた。
しかし、東京しかも23区内でも地蔵尊は残っていて、初めて見たときは驚いたが、街を散策していると古いものを史跡として残している地区は多いようだ。
お地蔵さんについて

お地蔵さんについて詳しいことは知らないので調べてみた。
お地蔵さんは正式には
菩薩のひとつとされていて、 菩薩は悟りを開いていないため、仏道修行をしながら同時に人々を救っているいう。
そして地蔵菩薩は、人の魂が輪廻する六道を渡り歩いて、地獄に落ちた人も救済している。
墓地の入口や街中で見かけるお地蔵さんも地蔵菩薩というから、かなり身近な存在だ。
また、お地蔵さんと似たような石像として道祖神もある。
道祖神は、山中や辻、ムラの境などの道端で悪霊や疫病などを防ぐ神といわれていて、人だったり物だったり様々な彫刻がある。
そのため、お地蔵さんなのか、 道祖神として彫られた石像なのか、すぐに区別ができない石像を見かけるので、混在しているのかもしれない。