三猿はストーリーの一部だった

日光の三猿(神厩舎)
日光の三猿(日光東照宮の神厩舎)

 「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿は有名だが、三猿がストーリーの一部であることはあまり知られていないように思える。

 そこで日光東照宮の神厩舎に書かれていた猿の一生を紹介。

 猿のストーリーは人生訓が入っていて興味深い内容だった。

世界遺産 日光東照宮の「神厩舎」

 神厩舎は、栃木県日光市にある世界遺産「日光東照宮」内にある木造建築物で神馬をつなぐ厩となっている。

神厩舎
日光東照宮の神厩舎

神厩舎
境内唯一の素木造り、右側は馬を扱う役人の詰め所で畳敷になっている。
長押上の三猿は「見ざる、言わざる、聞かさる」といって有名

(日光東照宮の「神厩舎」の看板より)

神厩舎
日光東照宮の「神厩舎」全体図

 神厩舎の外側に木彫りの猿の彫刻があり、全部で8種類の図柄となっている。

 なぜ厩に猿? と思ったが、猿はむかしから馬を守るといわれているかららしい。

 あの有名な「三猿」は、8つに分けて描かれた猿の一生の一コマとしてあった。

神厩舎にある猿の彫刻(8面)

神厩舎
日光東照宮の神厩舎 その1

 小手をかざして遠くを見ている母親は、空間としての遠方ではなく、時間としての遠方、即ち未来(子の将来)を見ている。
 その方向には、実を付けた枇杷と朱色の雲がある。
 母親が子供の未来を遥かに望んでいる場面で、枇杷と朱色の雲は「バラ色で実り豊か」な子供の未来を暗示している。

(「その1」の写真、左側の絵柄解説文)

 幼いうちは、純真で周囲の影響を受けやすい。
 だから世の中の悪いことは見聞きせず、悪い言葉も使わせず、良いものだけを与えよ。
 この時期に、良いものを身に付けておけば、悪いものに触れ(対し)ても正しい判断(行動)ができる。

(「その1」の写真、右側の絵柄解説文。有名な「三猿」)

神厩舎
日光東照宮の神厩舎 その2

 一匹の座った猿。(未だ立っていない)どことなく寂しそうなのは、孤独に耐えつつも、これからの人生(将来)を考えている。
 やがて立ち上がれば、「自立・一人立ち」(精神的にも肉体的にもレベルアップ)する。

(「その2」の写真、左側の絵柄解説文)

 二匹の猿が上方を見上げている。希望をもって上を見上げる青年期のイメージ。
 右上に青雲が配され、「青雲の志」を抱いた若い猿と解釈できる。
 御遺訓にいう『上を見な・身の程を知れ』である。

(「その2」の写真、右側の絵柄解説文)

神厩舎
日光東照宮の神厩舎 その3

 右側の猿は樹の上で前方を凝視している。
 左側の二匹は岩の上にいる。
 中央の猿は崖から転落を免れた状況か(木から落ちた猿かも)。
 左側の猿は、中央の猿の背中に手を当てている。友達を慰める、或いは励ましているように見える。

(「その3」の写真、左側の絵柄解説文)

 右側の猿は座って腕をお腹の前で交差させ、正面を凝視している。
 左側の猿は何かを考え、決断を迫られている。
(次の面から解釈するに、右側の猿は結婚の決意を固めた猿。一方の猿は、未だそれに至っていない状況なのかもしれない。)

(「その3」の写真、右側の絵柄解説文)

神厩舎
日光東照宮の神厩舎 その4

 左下に逆巻く波、右側の根本には薔薇の花。
 右側の猿は長い左手を波に差しのべ、左側の猿は腕組みをしている。
 二匹とも波を見つめている。右側の猿の上には赤い雲。
(二人で力を合わせれば『人生の荒波』も乗り越えられる)

(「その4」の写真、左側の絵柄解説文)

 結婚した二人が協力して荒波を乗り越え、平安な家庭環境を整え、子宝に恵まれ、子供が生まれれば、親となり、最初の面の子育てへと辿ることになる。
(そして永遠の生命が受け継がれて行く)
 子は「悪いことは見ない・聞かない・話さない」そして「平安」な心で育てられなければならない。
 幼児期の在るべき環境を『長春(薔薇の別名)』が象徴している。

(「その4」の写真、右側の絵柄解説文)

神厩舎
神厩舎にかかっている彫刻には漫画のコマのようにそれぞれ意味がある

 神厩舎の猿ストーリーを見るまで「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が、ストーリー仕立てになっているとは知らなかった。

 比喩として猿を使っているが、人生訓を含めた芸術品となっていて彫刻技術以外に学ぶところもあっていい作品だった。

 とても良い作品なのにあまり知られていないようなので、今回記事で紹介してみた。

【おまけ画像】日光で見かけた野生のニホンザル

猿の看板
栃木県日光市で見かけた猿の看板

 日光市を観光していると「サル注意」など、猿に関係する看板を目にすることが多かった。

ニホンザル
運転中に遭遇した野生のニホンザル親子(栃木県日光市)

 看板が多かったことに対して少し不思議に思っていたら、運転中に野生のニホンザル親子と遭遇した。

 ほかに、住宅地で屋根を歩くニホンザルも見かけた。

 栃木県日光市は、看板で注意をうながすほど猿が身近にいることを身をもって体験した。

祟りがあるという塚がある神社

うなる狛犬に御塚、新田神社に残る祟りの話

新田神社
御神木(新田神社)

 祟りの話はむかしから語り継がれているが、噂というカタチのないものが多い。

 しかし大田区には祟りを語り継ぐばかりでなく、神社としてカタチも残っていることもある。

 大田区にある新田神社には「祟り」に関係する狛犬や塚がある。

 神社の概要などは公式サイトに書かれているので、そちらを読んでもらうとして、この記事では境内にあった説明板の内容を紹介する。

「御塚」

御塚
御塚(新田神社)

 社殿後部の御塚は、御祭神新田義興公の御遺体を埋葬した所で、直径約十五メートルの円墳である。

 この中に入ると必ず祟りがあるというところから「荒山」「迷い塚」などともいう。

 また、この御塚後部には昔から決して神域を越えることがない不思議な篠竹が生えており、江戸時代に平賀源内がこの篠竹で、厄除開運・邪気退散の破魔矢「矢守」を作り、広く御祭神の御神徳を仰がしめることを勧めた。

 爾来、毎年正月初詣の人々に社頭で授与している。

(新田神社にある説明板より)

御塚
御塚(新田神社)

「うなる『狛犬』」

うなる狛犬
うなる狛犬(新田神社)

 謀略を企てた足利基氏家臣の畠山一族の者、またその血縁者末裔が新田神社付近に来ると、きまって雨が降り、この狛犬がうなったという。

 しかし、残念ながら戦災で一体が壊れてしまった。

(新田神社にある説明板より)

神社に堂々と書かれた「祟り」の話

 祟りなどのように不思議な出来事は、話としては残っているが物証が少ないため、カタチのないものが多い。

 それなのに、祟りが神社というカタチになり、神聖な場所の代表みたいな存在の神社と祟りが同じ場所にある新田神社は珍しいと印象に残った。

 調べてみると、怨念のような強い力を祀り、その力をお借りするカタチとして、社寺を建てることはわりとあるようだった。

 新田神社の御塚は、先に紹介したように塚のなかに入ると祟りがあるとされていて、フェンスで囲んで入れないようにしている。

 証明できない「祟り」だが、神社側でも用心して対処しているところをみると、日本には目に見えないナニかがあることをどこかで認識している風土があるとつくづく思う。