【心理学】知ると役に立つ知識

本
(写真:pixabayより)

 メンタル最弱なので、きたえるために心理学を勉強してみることにした。

 正直、心理学=精神的に弱いというイメージがあり、何だか格好悪いので弱みを見せないために敬遠していた。

 しかし物は考えようで、心理学を勉強することで自分の傾向を知り、良い面は伸ばし弱い面は対処法を身に付ければいいと視点を変えた。

 見方を変えれば取り組む姿勢も変わるもので、本を読んでいくうちに心理学は知っていれば役に立つことが多かった。

 実践してみて個人的によかったことを紹介していく。

自分を知って他人を知る

筆記用具
(写真:pixabayより)

 心理学は「自分」と「他人」が大きなテーマになっている。

 自分が物事をどうとらえているかを知ることで、他人が自分に対してどう思っているのかを推察する。

 最終的にはコミュニケーション方法を知って人間関係を円滑にし、ストレスをうまく回避することで自分のメンタル面を強くしていけるツールになる。

 ここで少し問題となるのが「自分を知る」こと。

 他人は客観的にとらえるため冷静に判断できるが、自分自身については自己弁護も入るから採点が甘くなる。

 そんなときに役に立ちそうなものが「ジョハリの窓」だ。

 ジョハリの窓のしくみを知っていたら、自分を客観的にとらえやすくなる。

ジョハリの窓

 上の図をみてもわかるように、人は「誰もが知っている部分(A)」「自分は気づいていないけど他人は知っている部分(B)」「自分は知っているけど他人には秘密にしている部分(C)」「他人は知らないし自分でも気づいていない部分(D)」がある。

 Aの例えを出すと、自分は几帳面な性格だと気づいている、他者も几帳面な人だと知っている。

 Bの例えを出すと、自分では面倒見が悪いほうだと思っているが、他者からは面倒見のいい人と見られている。

 Cの例えを出すと、他者には隠して秘密にしているが、自分には収集癖があり食玩を大量にコレクションしている。

 Dは自分も他者の知らない部分で、これから表面化してくる可能性を秘めた部分を指す。

 この4つの側面があることを知り、他者の視点はどうなっているのか考えるようになり、自分自身を客観的に見ようとする意識がでてきた。

 客観的に物事をみるクセがつけば、自分の長所や短所を知る幅が広がり、改善スピードも上がったのでいいツールとなった。

 自分自身を変えたいと思って行動を起こすと、自分のことだけに目を向けがちになる。

 しかし社会生活を送るにはコミュニケーションスキルは不可欠で、コミュニケーションは自分のことだけ考えていたのでは空回りすることが多く、他者のことを知らないとなかなかうまくいかない。

 ジョハリの窓は自分を客観的に見なければならないことを教えてくれた。

本
(写真:pixabayより)

【参考書籍】

『3分でわかる心理学 知ってるだけでトクをする!』渋谷昌三/大和書房

祟りがあるという塚がある神社

うなる狛犬に御塚、新田神社に残る祟りの話

新田神社
御神木(新田神社)

 祟りの話はむかしから語り継がれているが、噂というカタチのないものが多い。

 しかし大田区には祟りを語り継ぐばかりでなく、神社としてカタチも残っていることもある。

 大田区にある新田神社には「祟り」に関係する狛犬や塚がある。

 神社の概要などは公式サイトに書かれているので、そちらを読んでもらうとして、この記事では境内にあった説明板の内容を紹介する。

「御塚」

御塚
御塚(新田神社)

 社殿後部の御塚は、御祭神新田義興公の御遺体を埋葬した所で、直径約十五メートルの円墳である。

 この中に入ると必ず祟りがあるというところから「荒山」「迷い塚」などともいう。

 また、この御塚後部には昔から決して神域を越えることがない不思議な篠竹が生えており、江戸時代に平賀源内がこの篠竹で、厄除開運・邪気退散の破魔矢「矢守」を作り、広く御祭神の御神徳を仰がしめることを勧めた。

 爾来、毎年正月初詣の人々に社頭で授与している。

(新田神社にある説明板より)

御塚
御塚(新田神社)

「うなる『狛犬』」

うなる狛犬
うなる狛犬(新田神社)

 謀略を企てた足利基氏家臣の畠山一族の者、またその血縁者末裔が新田神社付近に来ると、きまって雨が降り、この狛犬がうなったという。

 しかし、残念ながら戦災で一体が壊れてしまった。

(新田神社にある説明板より)

神社に堂々と書かれた「祟り」の話

 祟りなどのように不思議な出来事は、話としては残っているが物証が少ないため、カタチのないものが多い。

 それなのに、祟りが神社というカタチになり、神聖な場所の代表みたいな存在の神社と祟りが同じ場所にある新田神社は珍しいと印象に残った。

 調べてみると、怨念のような強い力を祀り、その力をお借りするカタチとして、社寺を建てることはわりとあるようだった。

 新田神社の御塚は、先に紹介したように塚のなかに入ると祟りがあるとされていて、フェンスで囲んで入れないようにしている。

 証明できない「祟り」だが、神社側でも用心して対処しているところをみると、日本には目に見えないナニかがあることをどこかで認識している風土があるとつくづく思う。