うなる狛犬に御塚、新田神社に残る祟りの話

祟りの話はむかしから語り継がれているが、噂というカタチのないものが多い。
しかし大田区には祟りを語り継ぐばかりでなく、神社としてカタチも残っていることもある。
大田区にある新田神社には「祟り」に関係する狛犬や塚がある。
神社の概要などは公式サイトに書かれているので、そちらを読んでもらうとして、この記事では境内にあった説明板の内容を紹介する。
「御塚」

社殿後部の御塚は、御祭神新田義興公の御遺体を埋葬した所で、直径約十五メートルの円墳である。
この中に入ると必ず祟りがあるというところから「荒山」「迷い塚」などともいう。
また、この御塚後部には昔から決して神域を越えることがない不思議な篠竹が生えており、江戸時代に平賀源内がこの篠竹で、厄除開運・邪気退散の破魔矢「矢守」を作り、広く御祭神の御神徳を仰がしめることを勧めた。
爾来、毎年正月初詣の人々に社頭で授与している。
(新田神社にある説明板より)

「うなる『狛犬』」

謀略を企てた足利基氏家臣の畠山一族の者、またその血縁者末裔が新田神社付近に来ると、きまって雨が降り、この狛犬がうなったという。
しかし、残念ながら戦災で一体が壊れてしまった。
(新田神社にある説明板より)
神社に堂々と書かれた「祟り」の話
祟りなどのように不思議な出来事は、話としては残っているが物証が少ないため、カタチのないものが多い。
それなのに、祟りが神社というカタチになり、神聖な場所の代表みたいな存在の神社と祟りが同じ場所にある新田神社は珍しいと印象に残った。
調べてみると、怨念のような強い力を祀り、その力をお借りするカタチとして、社寺を建てることはわりとあるようだった。
新田神社の御塚は、先に紹介したように塚のなかに入ると祟りがあるとされていて、フェンスで囲んで入れないようにしている。
証明できない「祟り」だが、神社側でも用心して対処しているところをみると、日本には目に見えないナニかがあることをどこかで認識している風土があるとつくづく思う。